水江(近代)
明治22年~現在の大字名。はじめ船穂村,昭和15年からは船穂町の大字。水江小学は明治23年尋常船穂小学校第1支校となった。同24年の戸数138,人口は男365・女322,学校1・水車場1・船11。昭和3年国鉄伯備線が開通,高瀬通しの水運は衰退し,船穂橋の開通で渡し場又串は不振となった。明治26年の大水害以来,当地に花莚業が興り,昭和10年頃には輸出用捺染ゴザ生産高は最高で400万枚にも達したが,最近はポリプロピレンの原料も多くなった。同55年水島工業地帯の下請関連工場が進出した。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7419661 |