三輪(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ常盤村,昭和29年からは総社市の大字。明治24年の戸数138,人口は男320・女295,学校1。尋常培達小学校は,明治26年培達尋常小学校,同35年常盤尋常小学校と改称され,同22年常盤小学校となる。かつては米・麦・藺草などを生産する農業地帯であったが,総社市が岡山や倉敷の近郊住宅地化していくにつれて様相が変化した。昭和47・48年住宅供給公社の宅地分譲が行われたのを機に住宅が増加し,人口が大幅に増加している。昭和45年からスポーツセンターの工事が行われ,野球場・プール・体育館などの施設が建設された。世帯数・人口は,昭和29年141・708,同40年158・691,同60年501・1,645。同61年総社南高校開校。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7419870 |





