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門田村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。備中国賀陽郡のうち。毛利氏の支配を経て,はじめ浅尾藩領,のち分知して旗本領,文久3年高直しにより浅尾藩領。村高は,「備中至宝記」584石余,「天保郷帳」645石余,「備中村鑑」584石余,「旧高旧領」789石余。灌漑用水はすべて十二箇郷用水による。氏神は総社宮(八田部村)・御崎神社・淡島神社,寺院は臨済宗井山宝福寺末大雲山観蔵寺・大法山善根寺・安楽院。善根寺の名は永仁6年の備中国賀陽郡服部郷図の応永33年の総社宮造営帳にも見える。文久3年旗本蒔田氏が1万余石の大名に列せられ北部の浅尾丘陵に陣屋を構築した。慶応2年4月立石孫一郎・櫛部坂太郎の率いる長州第2奇兵隊の脱走兵100余人により倉敷代官所が焼かれ,続いて当地の浅尾藩陣屋も急襲を受けて焼かれた(倉敷浅尾騒動記)。浅尾県,深津県,小田県を経て,明治8年岡山県に所属。同22年浅尾村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7419962