吉野保(中世)

　南北朝期～戦国期に見える保名。英多郡のうち。戦国期には村名でも見える。永和元年11月16日の後円融天皇綸旨案（東寺百合文書京）に，京都法勝寺領として「美作国吉野保」と見え，大嘗会米が免除されている。南北朝期にはこのほか，因幡国智頭郡妙見社の貞治３年10月17日の年紀を有する棟札銘（鳥取県史２）に「供養導師二人　金剛仏師祐勝〈作州吉野大聖寺藤坊　号式部公〉」と見え，また，「太平記」巻36（古典大系）によれば，康安元年山名時氏の美作進攻に対し，「竹山・千草・吉野・石堂が峰，四箇所ノ城ヲ構テ，赤松律師則祐，百騎ヅゝノ勢ヲ籠タリケル」という。その後，室町期には京都北野社領となっており，同社祠官松梅院の知行分として戦国期まで存続した。永享３年10月８日の御前落居奉書によれば，松梅院禅能知行分「美作国吉野・林野両保」などは，禅能の借物によって下地を光聚院猷秀に渡すべしとされている。長禄２年４月16日の足利義政御判御教書（北野神社文書）によれば，北野社領として当保などが禅親に還付された。これに関する同年４月20日の室町幕府管領細川勝元施行状，同年５月４日の美作守護遵行状，同年６月８日の打渡状が残る（北野神社引付２）。しかし，この還付命令は現地での実効がなかったらしく，９月３日付で「北野社領美作国林野保并吉野保東村等」について北野社代官に合力すべき旨を命じた室町幕府奉行人連署奉書が，垪和【はが】筑前入道・伊勢下総守・江見荘政所・守護代小吉野荘政所・当所東西名主沙汰人・菅一族中宛に出されている（同前）。年月日未詳の北野社領文正年中禅子言上条々写（筑波大学所蔵社家記録／東大史料写真帳）には，寛正６年頃の松梅院知行の所領として当保の名が記されている。文明13年８月の賦引付借主申請分（室町幕府引付史料集成下）には「一，〈布野州〉松梅院〈同（八十六）日〉廿貫文　願勝寺〈作州吉野保代官望時〉」とあり，松梅院知行は維持されていたが，長享年間には何者かに押領されていた。「蔭涼軒日録」（続大成）には長享２年７月から10月にかけて当保の記事が散見される。それによれば，９月には赤松被官の後藤藤左衛門尉則季（藤左）が当年70貫文，明年からは80貫文という請負額で代官職を望んだが，正式に補任されることなく，10月には実力で代官に居座ろうとしたらしい。10月20日蔭涼軒に届いた藤左の状によれば，「補任未成之条，押在所置所務於中，早々於京都可相届」といっている。こうした状況に対応したものか，同年10月からは「北野社家日記」（纂集）に当保の記事が頻出する。それによれば，11月11日には赤松氏の被官の櫛橋則高を代官にするよう浦上則宗より申入れがあり，12月28日には櫛橋方年貢50貫文が納入されている。但し，代官は粟井氏で，櫛橋は敬神により寄進したものという。しかし，粟井氏の代官もうまくいかず，同書翌３年３月19日条（同前）には，粟井近江守は無沙汰するので，もとのごとく櫛橋則高を代官に補任した同年２月日の代官職補任状が収められている。延徳元年11月23日には吉野保神用注文が到来，年貢30貫文・六百杉原５束・五百杉原５束・幕□１枚（代800文）とあり，翌２年３月４日には去年神用30貫文が納入されたが，同年12月から翌年５月にかけて赤松政則の「被官人櫛橋」が社家代官でありながら年貢を難渋するとして，幕府奉行人奉書が出されている（北野社家日記／纂集）。「蔭涼軒日録」延徳３年４月３日条（続大成）によれば，櫛橋を改易して後藤則季を代官に補したい旨の申入れが松梅院からあったと記されており，代官問題は守護勢力との関係で難航した。「北野社家日記」によれば，それでも同年５月13日30貫文が納入されており，明応年間にも年貢が納入され，永正12年９月８日には反銭が免除されるなど，北野社領として命脈を保っていた（纂集）。この間，正長元年卯月26日の西山四郎五郎から同四郎次郎への譲状に「間山さ不之事　合東郷在々所々」として当保が見え，弘治３年５月14日の美作国献上記には吉野郡６郷の１つとして「吉野保　白米壱石　進上　平吉基」と見えるが同史料は検討を要する（美作古簡集註解下）。また，元亀３年３月26日には，後藤勝基が江見右英門太夫に対し，倉敷城在番の料として同名帯刀左衛門尉土居分や西東平坂分を付与しているが，「但吉野関所之儀」は除くものとしている（美作古簡集註解上）。なお，広峰神社（兵庫県）社家林氏の永徳３年３月２日，応永33年４月27日，文明14年８月10日などの檀那村書に「よしの」「吉野村」が見える（肥塚文書／兵庫県史古代中世２）。保域は未詳であるが，大聖寺との関係から見れば，旧吉野村，現在の作東町東北部から大原町南西部にまたがる範囲と推定される。

KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7420330