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神島町下市(近世~近代)


江戸期~昭和40年の町名江戸期は福山城下の町人屋敷地福山城の南東,東は神島町中市,西は武家屋敷地の西町,南は奈良屋町・医者町,北は船町当町から新蔵へ出る小路には往古草戸明王院の鎮守稲荷があったと伝え,宮の小路とも称された(備陽六郡志)「備陽六郡志」によれば,当町の規模は226間余・3,327坪余,戸数87(本家35・表借家49・裏借家3),「福山志料」によれば,長さ226間余,戸数92・人数283享保7年の大火による焼失戸数90(家持40・借家50)明治21年の戸数78・人口266同22年福山町,大正5年福山市の町名となる昭和20年8月空襲をうける同40年霞町1~4丁目・延広町となる




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7421301