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上(近代)


 明治22年~昭和29年の山内西村の大字名。日向の大才組に山内西村の村役場を置く。明治24年の戸数171・人口846。同32年山内西尋常小学校を行里に開設。尾引にあった山内西郵便局は同24年寺組の河面宅に,つぎに行里の菟原宅に移る。明治末期~大正中期まで日向の役場前に佃清太郎の佃塾があり漢学を講じた。明治23~24年頃県道が国兼川北側を通る。大正13年三神線(現国鉄芸備線)山内駅開設。昭和12年山内西尋常小学校を日向珍啓の現在地に移す。同20年4月広島市立段原国民学校児童が集団疎開し薬師寺が宿舎となった。同年8月6日原爆が投下されると,9日被爆軍人270人が臨時列車で山内駅に到着。山内西国民学校に収容したが88名が死亡した。同33年大才婦人会を中心に6万円余の寄付金をもとに跡地に追悼碑が建立され,慰霊祭が続けられている。昭和22年山内中学校開設。集団教育が盛んで山内教育として有名になる。同23年農協に有線電話が開設され,同32年には山内西地区全域に架設。同26年日向下の湯に山内西公民館開設。同28年県道広島米子線が国道183号となる。同29年庄原市山内町となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7421372