下ノ小野村(近世)

江戸期~明治初期の村名。長門国厚狭【あさ】郡のうち。「地下上申」によれば小野村の小村であったが,近世後期に同村から分村して成立。萩藩領。舟木宰判に属す。村高は,「注進案」に如意寺村との合計で1,140石余。天保年間の小村に両川村・阿武瀬村・河崎村,小名に大日原・下河内・堂藪・渡樋ノ本・山崎・原河内・堂ノ子・入野があり,農間には木綿織出や掛木・割木・莚などを作って売買した(注進案)。神社は天満宮・若宮社・大歳大明神・貴布禰社・山王権現宮・王番社・山神・神内大明神,寺院として古跡の順喜庵と地蔵堂がある。明治初期に小野村の一部となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7425553 |





