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勝谷(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ豊東上村,明治31年勝山村,昭和14年からは下関市の大字。明治24年の戸数161・人口422(男207・女215),厩20,寺院2,学校1,水車場2(徴発物件一覧)。同34年地内のほぼ中央を東西に山陽鉄道が開通。同37年,組合立勝山高等小学校を創設。同39年秋根尻に新築移転。昭和32年勝山小学校が秋根尻から金子に移転。同33年関門国道トンネルの開通とともに,地内南部を東西に国道2号が走る。同59年大玄寺にしょうや保育園開園。世帯数・人口は,昭和10年83・450(男228・女222),同25年107・549(男267・女282),同35年102・602(男324・女278),同50年149・603(男280・女323),同60年154・563(男274・女289)。一部が,昭和47年田倉御殿町2丁目,同51年勝谷新町1~4丁目,同60年勝谷新町1丁目,同62年前勝谷町となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7425579