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名田島村(近代)


 明治22年~昭和19年の吉敷郡の自治体名。大字は編成せず。明治24年の戸数499・人口2,056(男999・女1,057),厩138,寺2,学校2,船68(徴発物件一覧)。昭和16年に村政はじまって以来の政争が起こり,大混乱を招いた。この収拾のため県警も乗り出すほどの事件となった。そのため村長不在という異常事態となり,村の機能がまったく停止したため,県では吏員を派遣して村長の職務を代行させた。この政争のはっきりした原因は不明である。主要産業は開村以来農業で,米麦作を中心としていたが,のちには野菜栽培,畜産なども取り入れられた。明治44年の米の作付面積411町余,実収高8,743石余であるが,昭和16年には548町余,1万1,766石余に増加している(県の統計百年)。第2次大戦中の昭和17年,県下を襲った大風水害により堤防が決壊し,水田550町歩のうち535町歩までが被害をうけ,その復旧が危ぶまれたが,翌18年に堤防6か所の潮止め工事が完成して復興した。なお,この風水害では死者32人,被害戸数300戸,被害金額は約33万3,000円余であった(名田島村史)。明治35年の戸数399・人口2,364,うち男1,119・女1,245(県の統計百年)。世帯数・人口は,大正9年378・1,840(男879・女961),昭和19年452・2,033(男955・女1,078)。同年山口市の一部となり,同市の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7426091