平野(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ森野村,昭和30年からは東和町の大字。明治24年の戸数351・人口1,433(男670・女763),学校2,船58(徴発物件一覧)。世帯数・人口は,昭和30年311・1,214,同35年281・1,002,同50年260・679,同55年264・608。大島郡海外出稼ぎ調査のうち,大正8年在外者数調によると,当地ではハワイ89人・アメリカ90人・カナダ1人・ブラジル3人・ペルー3人・南米26人・フィリピン27人・台湾23人・中国4人・満州111人・朝鮮102人,計479人で大島郡では久賀町についで多かった。昭和20年8月から同25年までの外地からの引揚者名簿によれば,森・平野を合わせて,朝鮮92人・満州93人・中国2人・台湾10人・フィリピン33人・ソ連1人・アメリカ1人,合計232人・120世帯である。同59年平野海岸埋立町有地に町総合センターが完成。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7426352 |





