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広瀬(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ広瀬村,昭和15年広瀬町,同30年からは錦町の大字。広瀬村役場を当地に設置。郵便局も置かれた。明治22年の戸数661・人口2,932,うち男1,506・女1,426(広瀬村誌)。同24年の戸数661・人口2,977(男1,526・女1,451),厩2,寺院5,学校4,船9(徴発物件一覧)。明治39年広瀬村農会,翌40年に広瀬信用生産購買販売組合設立。昭和19年広瀬農会を吸収し広瀬町農業会と改称,同23年町農協となる。同50年生徒数減少により,宇佐・高根・深須・広東の4中学校を広瀬中学校に統合。県道岩国津和野線は,同33年国道187号に昇格。昭和9年岩国~広瀬間の国鉄バスが開通,続いて同年広瀬~日原間も国鉄バスの運行が始められ,その後,順次近村への国鉄バス路線が開通したが,広瀬の国鉄バス駅が発着・中継の基点となった。同25年徳山~出合間に防長バスが開通し,同38年には国鉄岩日線岩国~広瀬間が開通(現錦川鉄道錦川清流線)。昭和35年の田77町1反余・畑(樹園地とも)61町余,役肉牛188頭・乳牛19頭,同50年田41町4反余・畑(樹園地とも)23町4反余,役肉牛17頭・乳牛1頭。昭和60年の世帯数797・人口2,327(男1,117・女1,210)。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7426363