井之尻村(近世)

　江戸期～明治22年の村名。美馬郡のうち。猪尻村とも書いた。徳島藩領。村高は，寛文４年の高辻帳では「井尻村」と見え405石余，享保元年の高辻帳，天明７年の高辻帳ともに同高，「天保郷帳」では古くは井之尻村・上野村２か村とあり478石余，「旧高旧領」では「猪尻村」と見え37石余でうち蔵入地35石余・酒部弥五左衛門の知行２石余。「元禄郷帳」には上野村が見えており，当村の一部はかつて上野村と称したと考えられる。文政11年の美馬郡村々取調帳（新編美馬郡郷土誌）では，高479石，成米188石，反別69町，徳島藩筆頭家老稲田九郎兵衛知行地が92％，蔵入地5.8％，村の長さは12町・幅７町，家数400・人数1,728。天正13年蜂須賀氏の阿波入国によって脇城番となった稲田稙元は美馬郡内に多くの知行地を有したが，４代稙次の時から代々淡路国洲本城代に新任し，洲本に居住して当地に邸を設け，家宰を置き会所を設けてその知行地の支配と家臣の統制を行った。稲田家の役所は，浜屋敷・中屋敷・西屋敷に三分され，この３屋敷を核として家中の武家屋敷が形成されていたが，天保５年の家中は191家であった（脇町誌）。美馬郡在住の稲田家の家中を猪尻侍といい，陪臣のため藩士とは厳しく区別されていたが，その大半は広い田畑を有し，富農的要素をもっていたので文武両道の修行に専念し，徐々に実力を蓄えて幕末には数多くの尊攘派の志士を輩出し，初代の飛騨高山県知となり県民から尊敬された竹沢寛三郎（新田邦光），尾方長栄，南薫風，工藤剛太郎らの活動を中心に，稲田家主従が早期から討幕派の一端を担ったことは注目される。その行動が明治３年の庚午事変発生の主因ともなった。また，事件直後に猪尻村の士族の多くは政府によって北海道に移住させられた。神社は御神体が天文２年の大風水により土佐から漂着したという八幡神社，ほかに１社がある。寛保神社帳（続徴古雑抄１）によれば「上野村」として見え，「猪尻村ノ上野ナリ」と記され，神社は正八幡宮・牛頭天王・森権現・惣神大明神，神主はいずれも当村（上野村）の二宮出羽守である。「阿波志」では「猪尻」と見え，土田は中，陸田10分の９・水田10分の１，反別79町５反余，村高478石ですべて采地。明治４年徳島県，同年名東【みようどう】県，同９年高知県を経て，同13年再び徳島県に所属。明治９年の戸数608・人口2,668（新編美馬郡郷土誌）。同13年猪尻小学校が開校。明治期の当地は稲田氏の会所の廃止に伴い沈滞ぎみであったが，隣接する脇町と一体化し，徐々に商業活動が活発となり，県内でも有数の商業地となった。同22年脇町の大字となる。

KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7427083