中原(近代)

明治22年~昭和33年の大字名。はじめ中野島村,昭和29年からは富岡町の大字。明治24年の戸数69・人口454(男230・女224),厩15,学校1,船12(徴発物件一覧表)。中西小十郎の孫長水は,明治43年に黄色煙草の栽培を,那賀・海部両郡に指導している。中野島尋常小学校は,教室不足のため明治42年八幡神社の舞台を借用。同校は,大正2年中野島尋常高等小学校,昭和15年中野島国民学校,同22年中野島小学校と改称。同校の卒業生は,明治42年男子3・女子7,大正2年尋常科男子23・同女子17,高等科男子のみ7,昭和15年尋常科男子35・同女子25,高等科男子30・同女子21,同22年男子32・女子41。世帯数・人口は,大正9年69・368,同14年67・407,昭和22年83・476,同26年86・457。昭和33年阿南市上中町となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7428257 |





