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下林(近代)


 明治23年~昭和31年の林村の大字名。明治24年の戸数117・人口658(男333・女325),幅員東西13町・南北8町,学校1(徴発物件一覧)。明治末期頃に地内下下所に農事改良組合が設けられ,農業生産性の向上が推進された。地内においても江戸期に盛んであった糖業と綿業は明治期に入って衰退し,代わって麦稈真田編みや養蚕が行われるようになる。特に麦稈真田編みは盛況で明治39年には林村全体でその製造戸数は598戸に上り,生産量は31万反余に達した(林村史)。大正期に入ると,価格暴落のために麦稈真田編みは衰退し,叺製造がこれに代わる。大正11年に地内中林・宮西を通る県道志度坂出線が春日川まで竣工,昭和8年六条橋以東が完成。同19年陸軍航空本部の要請により林村に軍用飛行場が建設され,明野飛行隊高松教育隊が設置された。この建設のために買収された田地面積は163町余,このうち下林分は72町余に上る。またこのために,先の県道は中断されたのでその北側に新道が建設され,岩田神社は上林の拝師神社とともに六条の鹿島神社に合祀された。松林寺・光真寺もこの時に移転している。昭和21年には林飛行場の一部が返還され,同26年以降続けられた飛行場解放運動の結果,同30年には林村として14町余が返還された(林村史)。昭和31年高松市林町となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7429704