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三机(近代)


 明治22年~現在の字名。はじめ三机村,昭和31年からは瀬戸町の現行字名。地内に三机村役場が置かれ,昭和31年からは瀬戸町役場が置かれた。巡査屯所は八幡浜警察署三机分署となり明治30~35年にかけては町見【まちみ】村以西5か村がその管轄区域であった(県誌稿)。明治32年には三机銀行が創設され,この頃から漁獲物の集散地としてにぎわう。同40年には定期航路三机三津浜線(毎日1往復),大正2年,宇品(広島市)線(毎日相互発)が就航した。昭和10年の戸数542・人口2,462(郵便業務概要表)。昭和12年~終戦までハワイ真珠湾やオーストラリアのシドニー湾へ出撃した海軍特殊潜航艇の訓練基地となった。昭和41年,須賀【すか】公園に真珠湾攻撃の「九軍神」の慰霊塔が建立された。同22年三机中学校開校。同26年,伊予鉄バス,八幡浜三机線開通。昭和29年の戸数571・人口2,477。同32年,松山海上保安部三机分室設置。昭和54年には東地区の埋立地に町役場を新築移転した。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7433591