櫟野村(近世)

江戸期~明治22年の村名。筑後国三池郡のうち。はじめ柳川藩領(田中氏),元和7年三池藩領,文化3年からは幕府領。文禄4年12月1日豊臣秀吉が高橋統増(直次)に与えた三池郡内知行方目録に「いちいの」522石4斗が見える(大牟田市史)。村高は,「元禄国絵図」878石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに1,241石余。慶応2年の御成箇郷帳によれば,文久2年から5か年の平均取高は403石余で,年貢率は32.5%,これを米221石余,太米112石余,大豆68石余および銀240匁余をもって上納した(野口弥所蔵文書/大牟田市史)。また嘉永7年の小物成は,商人役・受売酒屋役・室屋役・豆腐屋役・楮役・水車役などで,上納額の合計は銀45匁7分5厘であった(大牟田市史)。櫟野石工は17世紀末頃から活動が知られ,天和2年の地蔵菩薩像が最も古く,石工として平山太郎兵衛以下5名の記銘がある。寺院は曹洞宗金泉寺・真宗大谷派蓮華寺があり,前者は寛延元年の移建,後者は元禄7年天台宗からの改宗という。明治22年玉川村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7438303 |