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鯰田(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ笠松村,明治42年飯塚町,昭和7年からは飯塚市の大字。明治22年の戸数203・人口1,274,地積は田124町・畑22町・山林164町・原野52町など計420町。大正10年の戸数571・人口2,831,他に鯰田炭鉱1・3坑の戸数1,069・人口4,695。明治22年三菱は麻生太吉の鯰田炭鉱を買収,のち筑豊炭田屈指の大炭鉱になる(三菱鉱業社史)。石炭運搬の目的で,明治26年筑豊興業鉄道鯰田駅が開設され,川艜運送は衰えた。エネルギー転換の中で三菱鯰田鉱業所は昭和41年閉山して第2会社鯰田炭鉱に移行するが,それも同45年閉山。昭和29年字岸田に飯塚第3中学校設置,開校時の学級数14・生徒数669,同49年学級数7・生徒数231(飯塚市誌)。炭界不況の打開策として,昭和32年市営オートレース場が開設されたが,同42年地内字赤松尾に移転。その跡地は陸上競技場になっている。昭和32年福岡県公共職業補導所が発足,同44年飯塚専修職業訓練校となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7442193