中原(近代)

明治22年~現在の大字名。はじめ北山村,昭和31年富士村,同41年からは富士町の大字。明治26年大野・麻那古の両小学校を合併し,温知尋常小学校となり,同34年栗並尋常小学校・上無津呂尋常小学校を併合して北山尋常高等小学校と改称。同36年当地に新校舎建築,大正13年8月18日大火で校舎類焼,同14年校舎再建。昭和44年鉄筋3階校舎に改築。大正9年共同で水車式直流復捲発電5H.P機1台を備えつけ,夜間灯用の発電を開始,同13年保証責任北山村利用組合の経営に移し,三相交流45kw発電機を据え付け,北山地区763戸の需要家屋に1,320灯の配電を実現した。昭和8年北山村営に移管,第2次大戦期に電気事業統制により九州配電株式会社に統合される。明治34年北山村役場が当地に設置されて以来,行政・産業経済・教育文化の中心地となり,商店街を形成。昭和31年役場は廃止されたが,同38年中央公民館が当地に設置された。大正中期,当地に北山自動車が設立され乗合自動車が佐賀~唐津【からつ】間を運行していたが昭和17年昭和自動車に買収され,川上~山端【やんば】入口間のバス運行に代わった。昭和50年の世帯数62・人口201。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7446134 |





