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肥前国


律令制下の国で西海道に属する。「肥前国風土記」によれば,肥前国は11郡・70郷・187里からなる。ただし,同書は,郷里制施行下に編纂されているため郷1里の編成となっている。さらに,同書によると,駅は18所,烽20所・城1所・僧寺2所となっている。11郡は,基肄【きい】・養父【やぶ】・三根・神崎・佐嘉・小城【おぎ】・松浦・杵島・藤津・彼杵【そのぎ】・高来【たかき】の各郡であり,このうち長崎県に属するのは,松浦(一部)・彼杵・高来の3郡である。「延喜式」「和名抄」においても11郡であるが,「律書残篇」は12郡と記す。郷数は「律書残篇」でも70郷であるが,「和名抄」では45郷しか記さず,かなり省略があったと考えられている。国の等級は,「延喜式」で上国となっている。上国の官制は守・介・掾・目が各1員である。「続日本紀」天平宝字元年5月乙卯(8日)条に肥前国に介一人を加えたことが見え,この時に中国から上国に昇格したとする説もあるが,中国で介を置かない場合もあるので,中国から上国へ昇格した正確な時期は不明としなければならない。守の初見は,正史においては,「続日本紀」天平勝宝6年4月庚午(5日)条の黄文水分の任官記事であるが,同宝亀6年10月壬戌(2日)条の吉備真備の薨伝によると,天平勝宝2年正月に,吉備真備が筑前守と肥前守を兼任したことがみえる。位階は,黄文水分が外従五位下,吉備真備は従四位上である。国府は,現佐賀県佐賀郡大和町にあった。官稲については,「弘仁式」「延喜式」ともに正税稲20万束,公廨稲20万束,府官公廨稲15万束などとなっている。また,対馬島の防人は9世紀には西海道諸国から配されるが,その粮糧も西海道諸国が負担しており,「日本三代実録」貞観18年3月9日条によれば肥前国の場合は,毎年320斛を支出することになっている。調の品目は,「延喜式」によると,綿紬18疋・貲布26端・御取鰒364斤・短鰒534斤・長鰒24斤・羽割鰒24斤・熬海鼠301斤14両・塩45斛とあり,他は絹・綿・席・薄鰒を出すことになっている。庸は,綿・米・薄鰒,中男作物は斐皮・葉薦・苫・防壁・韓薦・折薦・簀・閉弥油・荏油・鮨鰒・鰒漬鰒があげられている。「肥前国風土記」彼杵郡速来門の条には「海藻早く生ふ,以ちて貢上に擬つ」とあり,松浦郡大家島の条には,蚫・螺・鯛・海藻・海松などが多いことが記されている。また,同郡値嘉郷の条には,檳榔・木蘭・枝子・木蓮子・黒葛・篁・篠・木綿・荷・・蚫・螺・鯛・鯖・海藻などの特産品が載せられており,調の品目もこれらの特産物を中心としている。平城宮出土木簡には肥前国神埼郡・藤津郡のものが見られる(平城宮木簡1)。大宰府跡出土木簡には「肥前国松浦郡神平調薄鰒」があり(概報2),松浦郡の一部は現長崎県になるので,この木簡は長崎県にかかわるものであるともいえよう。駅は「肥前国風土記」では18駅であるが,「延喜式」「和名抄」では,基肄・切山・佐嘉・高来・磐永・大村・賀周・逢鹿・登望・杵島・塩田・新分・船越・山田・野鳥の15駅である。このうち,長崎県に属するのは,新分・船越・山田・野鳥の4駅で,新分が彼杵郡,船越・山田・野鳥が高来郡内に置かれていた。彼杵郡は「肥前国風土記」では2駅とあるが,「延喜式」段階では1駅に,高来郡も同風土記では4駅であるが3駅に,それぞれ減少したことになる。現長崎県の第1駅である新分駅(大村市)は,その前の塩田駅(佐賀県塩田町)から約20kmの行程である。新分駅から後は,船越駅(諫早【いさはや】市),山田駅(吾妻町),野鳥駅(島原市)を経て,肥後国へ渡ることになる。船越駅から野鳥駅へは,島原半島の海岸沿いに東進して北側から廻るルートと,野取坂を越えて島原半島を横断するルートが想定される。後者のルートでは,高来郡衙へは支路でつなぐことになる。条里遺構は,大村市沖田町あたり,諫早市旧小野地区,愛野町野井,瑞穂町西郷,国見町神代【こうじろ】・多比良【たいら】,吾妻町牛口名などにみられる。肥前国の田数は「和名抄」では1万3,900町余である。烽は松浦郡では値嘉島に3か所,彼杵郡では長崎半島の権現山・烽火山など,高来郡では,島原半島の烽火山(口ノ津町)や,諫早市の日岳・普賢岳などに置かれていたと推定されている。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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