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金内(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ中島村,昭和32年からは矢部町の大字。明治24年の戸数57,人口は男156・女158。金内郵便局は同32年貯金業務と為替業務を開始。金内小学校は同44年各分教場を廃止し本校に統合,昭和10年中島東部小学校と改称。同校の生徒数は,大正初期137,昭和31年387,同45年205,同55年111。中島中学校は昭和22年に池の窪の旧陸軍兵舎跡を利用して設置,同26年校舎を新築,生徒数は,昭和22年149,同31年302,同55年117。昭和42年金内保育所開所。明治期以降大矢野原演習場が重視され,昭和2年荒加志野・放原・池の窪・下相月原地区を演習場に編入し,2,000haとなった。昭和21年池の窪兵舎の開拓村および中学校の使用を認め,翌22年池の窪を除く400万坪を占領軍に提供した。同26年中学校が退去し,警察予備隊が米軍と共用。同32年防衛庁に所管が移り,陸上自衛隊の演習場として発足。現在は九州では大分日出生台演習場とともに全国屈指の訓練場として使用されている。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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