臼杵郡

天正15年の豊臣秀吉の九州仕置により当郡の大部分は統一政権下に入り，県【あがた】（のち延岡と改称）には豊前国香春城主高橋元種が５万石を与えられて入封した。この時九州山地の高千穂地方を支配していた旧族三田井氏が服従しなかったため，高橋氏は天正19年三田井氏を制圧し，その支配を確立した。高橋氏は当郡のほかに児湯【こゆ】・宮崎・那珂・諸県【もろかた】の各郡にも所領を有した。天正19年の「日向国五郡分帳」は豊臣政権下における日向国の所領宛行の基礎となったものの１つと思われるが，これによると当郡の反別は515町８反，内訳は臼杵北方150町・臼杵南方150町・庵之郷６町・賀草江（賀草郷）16町・門川30町・門川10町分（門川は２筆に記載）・宇納間【うなま】６町・河内６町・黒木８反・入下１町・富高30町・日知屋16町・塩見30町・平岩15町・山毛（山陰）30町・田代６町・神門【みかど】６町・水志谷（水清谷）３町・坪屋３町・荒谷１町・高知尾（高千穂）４郷（反別の記載はない）となっている。慶長５年の関ケ原の戦後も高橋氏の本領は安堵され，ここに近世大名としての延岡藩が発足する。高橋氏は，はじめ県近傍の南方村地内にある松尾城にいたが，慶長６年県城の改築に着工して同８年竣工し，同年県城に移った。県は有馬氏時代に延岡と改称する。慶長18年高橋元種は幕府の忌諱に触れて除封され，翌19年代わって有馬直純が肥前島原日野江城から５万3,000石で入封したが，藩領に大きな変動はなかった。当郡には延岡藩領のほかに高鍋藩領が若干あり，また幕府領の椎葉山【しいばさん】があった。椎葉山は，中世，平家残党の追討に派遣された那須大八郎（宗久）が山中に入って居住したとの伝承がある地で，以来那須氏が椎葉山を支配していたが，慶長６年徳川家康は椎葉山を鷹巣山に定め，椎葉山三人衆といわれる那須氏の子孫を鷹巣山見立に任じ，椎葉山の支配を任せた。しかし，その後那須氏一族に内紛が絶えなかったため，元和５年椎葉山を幕府領とし，阿蘇神社に預け，明暦２年からは肥後人吉藩に預けることになったのである。寛文４年の朱印状によれば，当郡の藩領は延岡藩領２万5,069石余，高鍋藩領80石余に分かれ，その所属村は，延岡藩領69か村（北方・南方・岡富・祝子・稲葉崎・粟野名・大武町・河島・長井・河内名・宮野浦・三河内・市振・古江・熊野江・須怒江・浦尻・出北・恒富・大貫・三須・三輪・伊福形・土々呂・櫛津・鯛名・赤水・庵川・加草・尾末・門川・河内・黒木・入下・宇納間・田代・立石・小原・水清谷・神門・鬼神野【きじの】・上渡川・中渡川・山三ケ・坪屋・下三ケ・山陰【やまげ】・塩見・財光寺・平岩・富高・日知屋・七折・岩戸・山裏・三田井・下野・上野・田原・河内・五ケ所・鞍岡・三ケ所・押方・向山・岩井川・分城・家代【えしろ】・七山），高鍋藩領１か村（才脇村）である。これらに椎葉山84か村を加えたものが，当郡域ということになる。延岡城下は，五ケ瀬川と大瀬川を外堀とした延岡城を囲んで本小路・桜馬場小路・川北小路・新小路などの武家屋敷地があり，城の曲輪の東側に町人町が設けられ，高橋氏時代に南町・中町・北町の３町ができ，有馬氏時代にさらに元町・紺屋町・博労町・柳沢町が形成され，延岡七町と称された。元禄３年当郡山陰の農民が大挙して隣藩の高鍋藩領へ逃散する事件がおき，農民は両藩の説得にも応ぜずに郡代の罷免などを要求して１年間あまりも帰村せず，ついに幕府の裁判にもちこまれる大事件に発展し，翌４年この責任を問われて有馬氏は越後国糸魚川に転封された。同５年これに代わって三浦明敬が下野国壬生【みぶ】から延岡に入封したが，領知高は２万3,000石で，これを機に有馬氏時代の延岡藩領のうちから幕府領が創出されることになった。当郡においても，元禄５年に富高・日知屋・財光寺・平岩・塩見・坪屋・下三ケの７か村が幕府領となり，豊後国の日田代官所の管下に置かれ，富高に陣屋を設けて日向国内の幕府領を支配させた。寛文４年朱印状における延岡藩領の村々からこの７か村を除いたものが，これ以後の延岡藩領ということになる。その後延岡藩は，正徳２年牧野氏が８万石で入封し，当郡のほか宮崎，児湯郡内，さらに豊後国大分・速見・国東【くにさき】３郡内を所領とし，延享４年内藤氏が陸奥国平【たいら】から７万石で入封し，以後内藤氏が明治維新まで在封した。その所領は，臼杵郡内60か村・宮崎郡内21か村および豊後国大分・速見・国東３郡内である。「天保郷帳」によれば，当郡は153か村・高４万2,693石余で，村名は富高村・塩見村・日知屋村・細島町（日知屋村）・財光寺村・平岩村・坪屋村・下三ケ村・三川内村・宮野浦村・市振村・古江村・川内名村・熊野江村・須怒江村・長井村・浦尻村・川島村・祝子村・稲葉崎村・粟野名村・大武町・岡富村・出北村・恒富村・大貫村・南方村・三須村・三輪村・北方村・伊福形村・鯛名村・赤水村・庵川村・櫛津土々呂村（古くは櫛津村）・加草村・尾末門川村（古くは門川村）・川内村・山陰村（古くは山陰村・八重原村２か村）・田代村・立石村・小原村・水清谷村・神門村・中渡川村・鬼神野村・上渡川村・山三ケ村・黒木村・入下村・宇納間村・家代村・分城村・七ツ山村・七折村・岩井川村・向山村・岩戸村・山裏村・三田井村・押方村・下野村・上野村・田原村・川内村・五ケ所村・三ケ所村・鞍岡村・才脇村・大河内村・丸野村・大桑木村・大藪村・尾崎村・葉木村・栂尾村・中山村・川口村・小崎村・狩底村・岳枝尾村・小向村・綾野村・白木俣村・吐野村・下松尾村・上松尾村・上畑下畑村・鳥巣村・榎峠村・唖谷村・古屋園村・野川村・栗野尾村・中八重村・小原村・水越村・岩屋戸村・野地村・小鹿倉村・岳八重村・中尾村・轆轤尾村・不土野村・栗林村・永山村・大岩屋村・古枝尾村・尾前村・向山村・尾後前村・滝村・灰河内村・蔵迫村・尾八重【おはえ】村・高尾村・松木村・上平村・下平村・横野村・一戸村・上福裏村・日隠村・尾田村・長野村・下津留村・小中尾村・桑木原村・大中尾村・若宮村・桑弓野村・山中村・野老ケ八重村・下椎葉村・上椎葉村・望田村・村椎村・佐礼村・尾平村・夜狩内村・十根川村・大窪村・内八重村・屋敷村・鹿野遊村・椎原村・木裏村・尾奥村・胡麻山村・中ノ塔村・三重山村・財木村・下福裏村が記載されている。このうち，最初の富高村から下三ケ村までの１町７か村が幕府領，三川内村から鞍岡村までの１町59か村が延岡藩領，才脇村が高鍋藩領，大河内村から下福裏村までの84か村が椎葉山の村々で幕府領人吉藩預地である。また，延岡藩領のうち家代村から鞍岡村までの17か村は高千穂地域の村々で，高千穂十七村と称される。延岡藩では，数か村をひとまとめにして組とし，各組に大庄屋を置いたが，当郡内では高千穂を除いた城付地の村々を北方・南方・恒富・岡富・六箇・門川・田代・山陰の８組に分けた。高千穂地方には組（大庄屋）はなく，とくに宮水代官所を設けて各村の庄屋を直轄した。椎葉山84か村は，大川内組（16か村）・松尾組（18か村）・向山組（11か村）・下福良組（39か村）の４組に分けられ，各組に大庄屋がいて村々を統轄した。「旧高旧領」では高４万2,290石余，村数73で，「天保郷帳」の村と比べると，細島町の名が見えず，椎葉山84か村が大河内村・松尾村・向山村・下福良村の４か村にまとめられ，ほかに八重原迫野内村（延岡藩領）が新たに加えられている。慶応４年（明治元年）閏４月25日幕府領であった７か村は富高県に属し，同年８月27日日田県に属す。同月には椎葉山の村々も日田県の管轄下に入った。明治４年２月，豊後国内の延岡藩領と日向国内の日田県管下（椎葉山を除く）とが交換となり，上記の旧幕府領７か村は延岡藩領に編入された。同年６月椎葉山の村々は再び人吉藩支配に復す。同年７月14日の廃藩置県により，当郡域は延岡県・高鍋県（才脇村）および人吉県（椎葉山）に分かれた。同年11月14日府県の統合が行われて日向国内は大淀川以北の美々津県，以南の都城県の２県に統合整理され，当郡は全域が美々津県に属すことになった。そして，明治６年宮崎県，同９年鹿児島県に属し，同16年からは宮崎県に所属する。明治６年の反別は8,795町余（日向国史下）。同10年前後に調査して同17年に完成した「日向地誌」によれば，当郡の幅員は東西約18里，南北は広い所で約14里，狭い所で10里，東は日向灘，南は児湯郡，西は肥後国益城・阿蘇２郡，北は豊後国大野・海部２郡と接し，地勢は「東南海ニ面シ細島・島ノ浦ノ名港アリ，遭運便利，西南ヨリ正北ニ繞リ椎葉山・高千穂ノ山巒ヲ擁ス，其山二十余里ニ連亘シ，道路峻嶮，牛馬僅ニ通ス，然レトモ郡ノ北隅ニ北川アリ，中央ニ五ケ瀬川アリ，南畔ニ美々川アリ，舟筏ノ通スル，海口ヨリ七八里如キハ十二三里ノ上流ニ泝ルヲ以テ陸運モ亦左マデノ不便ニ非ス」と見え，風俗は「本国ノ南部ニ比スレハ人民蕃庶，其言貌モ亦優靡ナリ，椎葉山・高千穂ノ如キハ深山幽谷偏僻ノ地ナリト雖モ，亦南鄙ノ民言辞樸陋儀容ナキカ如キニ類セス，就中高千穂ノ民ハ冬月或ハ表スルニ布衣ヲ以テス，婦人ハ裾文【すそもよう】ノ布衣ヲ著ル者アリ，上古ノ遺風藹然トシテ猶存ス，其家産ノ如キハ延岡市中ニハ十余名ノ豪商アリト雖モ，其余ノ村落ハ別ニ秀テタル富豪ノ家モナク，亦飢寒ニ迫ルノ民モ鮮ナシ」といい，地味は「郡ノ東南隅沿海ノ地ハ多クハ軽砂土ニシテ禾穀ノ成熟多カラスト雖モ，恒富村・岡富村ノ如キハ本国第一膏膄ノ地ト称ス，然レトモ其地平坦五ケ瀬川ヲ夾ム故ニ水利ハ便ナリト雖モ，夏月霖潦ニ値フ毎ニ水害ヲ免レス，高千穂ノ地ハ山谿ノ間ニ崎嶇トシテ畦圃高燥，最モ麻ニ宜シ，又南高千穂ヨリ椎葉山ニ至テハ多ク黒ソミ土ニシテ土脈素ト薄悪ナリト雖モ」「毎年挿秧ノ節ニ至レハ戸戸多ク野草ヲ芟テ之ヲ田中ニ敷キ，其腐爛スルヲ待テ乃チ牛ヲ以テ耕シ，之ヲ淤泥ニ混和ス故ニ，能ク土性ヲ転換シテ成熟ノ益ヲ得ルモノ多シ」と記す。また，郡役所は岡富村にあり，裁判所も同村に所在，村数74，税地は田5,833町余・畑7,164町余・宅地1,001町余・切換畑91町余・不定田８町余・不定畑29町余・不定地24町余・荒田３町余・荒畑１町余・新開試作田５町余・新開試作畑31町余・荒地144町余・山林４万4,866町余・原野１万3,181町余・藪745町余・芝地126町余・櫨場34町余・曝稲場５町余・曝網場７町余・池２町余・隄敷８反余・荷卸場１町余・塩田19町余・塩持４反余・潮水門５反余・曝魚場４反余・葭場８反余・塚１畝余・水車場11歩・土取場１畝余・般囲場５反余・石場４畝余の合計７万3,333町余，貢租は地租金９万4,965円余・雑税金３万7,151円余の合計13万2,116円余，戸数は本籍２万1,986・寄留54・社211・寺66の合計２万2,163，人数は男５万9,252・女５万5,774の合計11万5,026，牛１万788，馬１万9,132，日本形船1,785，人力車16，神社211，うち県社２・郷社16・村社192・小社１，寺66，うち禅宗33・真宗16・日蓮宗７・浄土宗５・天台宗１・真言宗４，人民共立小学校は100校あり，郵便取扱所が富高町・細島町・延岡南町・川内名村・古江村・北方村・三田井村・下福良村・神門村・田代村・山陰村の11か所あった。さらに同書によれば，民業については「日知屋村以北市振村ニ至ル海村ノ民ハ半農半漁ヲ以テ活計トナス，延岡町及ヒ其傍近ノ諸村ハ多ク商工及ヒ雑業ニ渉レリ，高千穂諸村ハ麻ヲ芸エ，茶ヲ製シ，薪炭ヲ造リ，又多ク蜀黍ヲ植テ食料トナス，椎葉山ハ田圃稀少自カラ養フニ足ラス故ニ，山背険阻ノ地ニ就テ林ヲ芟リ，草茅ヲ焼キ，禾稗大小豆蕎麦ノ類ヲ芸エ，一年如クハ二年毎ニ地ヲ易テ之ヲ作リ，以テ食料トナス，然トモ獣害極テ多シ，之ヲ防クノ術或ハ鉄砲ヲ発シ或ハ陥阱ヲ設ケ，護衛少シモ懈ル能ハス，民業甚タ艱シ」とあり，物産については，動物類として細島・島之浦にて・を釣り，南の日知屋から北の市振村にいたる沿岸の村々では羽鰹・鰮・鮪・鰆・鰺・鯖・魳・鰤・鰣・鯛・鰈・鮃・烏賊・伊勢蝦などを捕り，香魚は北川・五ケ瀬川に産し，椎葉山・高千穂では駒・犢・猪・鹿・羚羊・狐・兎などを獲り，植物類としては糶が平年で約5,800石，ほかに菽麦・櫨子・油菜子・楮皮などを作り，高千穂・椎葉山とその周辺地域では茶33～34万斤・麻３万5,000貫匁・煙草32～33万斤・蜀黍１万4,000石を産すが，このうち蜀黍は移出せずに家々に蓄えて食糧とし，器用類としては高千穂・椎葉山とその周辺地域において杉材木・松材木・櫓木・下駄木・椎皮・椶櫚皮・薪炭・太平炭・轆轤製木器を生産し，飲食類としては椎茸・木茸・蜜・葛粉・栗・乾椎茸などを産出するという。また，郡内の主な山として行膝岳・可愛岳・八本木山・祖母岳・筒岳・黒岳・黒泥田山・協【かのう】山・日隠山・国見岳・矢部峰・五家越・江代越・鷹塚山・烏帽子塚・市房岳・九左衛門岳・諸塚山・烏帽子岳・二上山・二子塚，川として五ケ瀬川・北川・美々（耳）川をあげ，道路は大分県街道が通り，港湾には細島港・島ノ浦港・土々呂湾があると記している。明治17年１月，東臼杵郡と西臼杵郡とに分割された。

KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7459749