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内海(近代)


 明治22年~現在の大字名。はじめ青島村,昭和26年からは宮崎市の大字。明治24年の幅員は東西1里・南北1里24町,戸数289・人口1,194(男603・女591),厩110,学校1,大船8・小船57(徴発物件一覧表)。大正2年大淀~内海間に宮崎軽便鉄道が開通した。のち宮崎鉄道と改称,昭和17年宮崎バスに併合され,同37年国鉄日南線に吸収された。現国鉄内海駅は同38年小内海駅とともに営業開始。昭和16年珍種であるヤッコソウ発生地と巨樹であるアコウが国天然記念物に指定され,同27年ヤッコソウ発生地はさらに国特別天然記念物となる。堀切峠からイルカ岬までの海岸沿いに集落が点在,山が海岸までせり出しているために平地が少なく,農業は水稲栽培が衰退傾向で,南部の野島周辺ではイチゴ・キヌサヤエンドウ,山手でミカンを栽培している。漁業従事者が多く,留守をあずかる婦人の消防隊が小内海にあり,防火意識の向上に努めている。大正天皇が皇太子時代に船で内海に着いたという記念碑が内海小学校校庭に立っており,碑文は東郷平八郎元帥の直筆である。世帯数・人口は,昭和38年607・2,532,同50年584・1,917,同58年546・1,645。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
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