富高町(近代)

大正10年~昭和12年の東臼杵郡の自治体名。村制時の4大字を継承。町役場は富高(現幸福神社の地)に置かれた。大正10年日豊線(現国鉄日豊本線)の美々津―富高―細島間が開通して,富高駅(現日向市駅)が開設された。付近には同15年町営文化ホール富美館が建設され,芝居・映画など大いに町民に親しまれた。養蚕の発展にともない,大正14年富高蚕業講習所(現本町)が開講され,146名の蚕業講師や技師を県内に送り出したが,昭和8年閉所。大正11年の「富高町治要綱」によれば,地味は肥沃ではないが,畑地は蔬菜・桑園に適し,米・麦・蔬菜・瓜・栗などは重要な産物で,日知屋南瓜は遠方にまで名が知られた。養蚕も数年来奨励に努め,長足の進歩をした。潮見河口に当たる小倉カ浜から産する貝殻から製造する碁石は年々増加し,良品として評判をえた。また蛤も県の名物で,春は潮干狩で盛んになる。県道などの改修,日豊線の開通による細島港への支線敷設は,海陸の物資集散地として将来の繁栄を期待された。高等小学校・尋常小学校を設け児童教育の普及を図った。富高尋常高等小学校設立当時の児童数1,171。また,進んで女子のために実科高等女学校も新設した。同14年の「東臼杵郡々勢要覧」によれば,民有有租地のうち田724町3反・畑613町7反・宅地26万8,067坪・山林796町1反・原野772町,農業戸数1,815・人口4,095,耕作地反別は田720町6反・畑602町8反,自作地687町7反・小作地635町7反,尋常小学校の本校1,尋常高等小学校の本校1,児童数1,457。昭和10年の総生産額85万9,965円,うち農産49万9,902円・蚕糸5万8,409円・畜産7万5,734円・林産8万9,102円・水産1万7,296円・工産10万9,222円・鉱産1万300円,民有有租地のうち田723町2反・畑619町・宅地101町7反・池沼5反・山林776町5反・原野778町,耕地面積1,427町1反,うち田691町2反・畑735町9反(県統計書)。同年富高駅から西方にかけて都市計画事業として富高第一土地区画整理事業が始まった。同年富高海軍飛行場(現財光寺)が完成。郡制廃止にともない,大正11年郡立富高農学校が県立となり,同12年に富高尋常小学校に併設された町村組合立富高実科高等女学校を昭和3年に合併,同4年富高実業学校(現富島高校)と改称(日向市の歴史)。同10年の世帯数2,847・人口1万3,837。昭和12年富島町の一部となり,村制時の4大字は同町の大字に継承。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7460542 |





