出水郷(近世)

　江戸期～明治22年の郷名。薩摩国出水郡のうち。鹿児島藩直轄領，外城の１つ。当郷ははじめ武本・知識（知色）・鯖淵の３か村と野田（上名村・下名村）・長島であったが，明暦３年に野田・長島がそれぞれ独立して分郷した（出水記）。なお，村の変遷は元和の頃武本村から大川内村が分村（元和６年軍役高帳），寛永の頃に大川内村が上大川内・下大川内の２か村に，知識村が上知識・下知識・荘・西目の４か村に，鯖淵村が上鯖淵・下鯖淵・六月田の３か村にそれぞれ分村し，さらに享保19年西目村から江内村が分村して（出水名勝志），上大川内・下大川内・武本・上知識・下知識・上鯖淵・下鯖淵・六月田・荘・江内・西目（のち明治14年阿久根郷西目村と混同しやすいため脇本村と改称）の11か村となった。地頭仮屋は中央部の武本村に置かれ，その周辺に麓が形成されていた。また，藩の北端に位置するため，国境線および海岸線など10か所（長島・大川内・軸谷・平松・米ノ津・今釜・福之江・庄・野田・西目）に郷士を分散屯田させ，これを十ケ外城とも呼んだ（慶長17年軍役高帳）。野田・長島両郷分離後は八ケ外城。なお，郷士は麓に居住する麓衆中と八ケ外城に居住する外城衆中に区別された。これら郷士の大部分は農業に従事しながら警備などの役を勤めたが，麓衆中のなかには麓三役・部当・浦役や各村の庄屋の職につくもの，あるいは鍛冶屋・染物屋になったり，大工・左官・桶屋などの棟梁になったりするものもあった（出水の歴史と物語）。初代地頭は本田親正，３代地頭は山田有栄（昌巌）である。地頭は５代町田忠代まで居地頭で，６代肝付久兼からは遙任となり，代わりに地頭代が置かれた（出水記）。藩の町・浦浜制度によって当郷内にも多数の集落がつくられたが，行政区画としてはそれぞれの村に属していた。すなわち，麓に隣接した野町（出水町，麓町）は武本村に属し，浦町としては米ノ津町が下鯖淵村に，今釜町と名護浦・福ノ江浜が下知識村に，荘町と蕨島が荘村に，野口浦・尾野島が江内村に，脇本浜・黒浜が西目村にそれぞれ属し，合わせて10か浦あった。当郷は海陸ともに国境の要衝であり，東シナ海に面した脇本浜，八代海に面した米ノ津にそれぞれ津口番所，下鯖淵村の平松に野間の関が置かれた（のち明治５年廃止）。また，西目と江内の村境にある笠山山麓には周囲５里余の瀬崎野牧馬苑があり，500頭余の馬が放牧されていた（三国名勝図会）。「薩藩政要録」では，地頭北郷内記，郷士惣人数2,810，郷士人体1,084，所惣高２万2,123石余，郷士高7,798石余，寺高43石余，用夫2,154，野町用夫100，浦用夫625。「要用集」では，地頭島津豊後，郷士総人数2,963，郷士人体1,112，所惣高２万2,116石余，郷士高8,185石余，寺高118石余，用夫2,066，野町用夫55，浦用夫751。江戸期を通じて平野部の開発が積極的に行われ，元禄期以降用水・堤防の構築や海岸地先の干拓工事が推し進められ，開田化がすすむ。その主なものに，元禄16年六十間土手完成による干拓110町，享保19年五万石溝完成による新田120町，慶応２年荒崎土手完成による開田206町などがある（出水の歴史と物語）。江戸期の物産としては，隼人海門（黒之瀬戸）に産する竜紋石，五か所（霧降・渡瀬・松坂・市之森・桜馬場）の上質な煙草，塩，蕨島に産する箆竹・苦竹，出水川（米ノ津川）でとれる白魚，名護浦に産する車鰕，蛤などがあった（三国名勝図会）。文久元年揆奮館設立，翌年授業開始，のち明治７年出水小学校となる。明治４年鹿児島県に所属。「地理纂考」によれば，同年の高は２万2,113石余，戸数3,991・人口１万8,591（士族5,806・卒30・平民１万2,755）。同５年当郷は阿久根郡治所の管轄下となり，同12年阿久根郡役所，同14年薩摩郡隈之城郡役所，同20年からは出水郡５か郷を管轄する出水郡役所が武本村に設置されその管轄下となる。一方，明治５年大区小区制の実施に際し当郷は第38大区となり，郷内11か村はそのまま11小区に分けられ，各小区ごとに戸長が置かれ，旧地頭仮屋を共同の戸長役場とした。その後，戸長役場数は同12年８，同17年３となり，武本・下知識・脇本の３か村に置かれた。明治７年佐賀で乱を起こした江藤新平は，政府軍に追われ佐賀を船で脱出し，当郷内の荒崎に潜伏したのち鹿児島へ出て，西郷隆盛に救いを求めたという。また，明治10年西南の役に際しては，６月11日官軍に占領され戦火に見舞われる（出水の歴史と物語）。明治22年当郷のうち武本・上鯖淵・上知識・上大川内・下大川内の５か村は上出水村，下知識・下鯖淵・六月田・荘の４か村は中出水村，江内・脇本の２か村は下出水村となる。

KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7461245