片浦村(近世)

江戸期~明治22年の村名。薩摩国河辺【かわなべ】郡加世田郷のうち。村高は,寛文4年「郡村高辻帳」および「天保郷帳」ではともに276石余,「旧高旧領」では399石余。明治初年の戸数914・人口4,871。天然の良港片浦港があり,藩政期には遠見番所・津口番所が置かれ,内外の船舶の監視に当たった。寺院に曹洞宗青松山東光寺があった(三国名勝図会)。「県地誌」では,戸数914・人口4,871,うち士族449・平民4,422,牛666・馬78,公立小学校が3校あり,生徒数男236・女16,物産は米・糯米・大麦・小麦・裸麦・蕎麦・大豆・粟・甘薯・鰹節・鯨・干鰘・鮪・石花菜・鱶鰭。明治22年西加世田村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7461614 |





