田中村(近世)

江戸期~明治22年の村名。菱刈郡馬越郷のうち。村高は,「天保郷帳」649石余,「旧高旧領」787石余。宝永元年に井堰の築造が行われ,寛延2年・嘉永元年に修築がなされて新田開発がすすんだ。「三国名勝図会」には諏訪神社と見える南方神社は,大山家の先祖が丹波国から勧請したとの伝えがあり,神体木像には「文明二年」の銘がある。もとは馬越郷の宗廟とされ例祭には城主菱刈家の代表が参拝することになっていた(菱刈町郷土誌)。ほかに天満宮がある(三国名勝図会)。明治2年からは菱刈郷に属す。同16年の戸口は,士族19戸・58人,平民54戸・186人(同前)。同22年菱刈村の大字となる。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7462585 |





