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西原村(近世)


 王府時代~明治41年の村名。中頭【なかがみ】方,はじめ勝連間切,康煕15年(1676)西原間切,同年平田間切,同26年からは与那城【よなぐすく】間切のうち。「高究帳」に勝連間切西原村として高頭296石余うち田203石余・畑93石余。「由来記」で与那城間切西原村と見える。乾隆57年(1792)亭路間原の40石余の天水田に灌漑用水路を築いたのをはじめ,嘉慶23年(1818)・道光9年(1829)にも用水確保の工事が行われた(球陽尚温王元年条,尚灝王19年条・30年条)。御嶽にはサキヌキノ嶽・松尾之嶽があり,西原ノロの崇べ所(由来記)。西原ノロ祭祀の殿は,西原ノロ家に設けられた(同前)。明治12年沖縄県,同29年中頭郡に所属。戸数・人口は,明治13年124・559(男272・女287),同36年139・899(男449・女450)うち士族81・585。明治36年の民有地総反別165町余うち田25町余・畑107町余・宅地6町余・山林17町余・原野8町余(県史20)。同41年与那城村の字となる。




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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7464870