中
【なか】

旧国名:和泉
立川上流域に位置する。竹田出雲は当地に伝わる「葛の葉」の伝説を人形浄瑠璃「芦屋道満大内鑑」という作品に仕上げ,さらにこれから歌舞伎化されたため,信太狐の話は,広く人々に知られた。延宝9年に編述された「和泉国村々名所旧跡付」などによると,中村庄屋屋敷内に千枝の楠と呼ばれる大樹があり,キツネの住処となっていて,樹下に聖神社の末社が祀られていたという。「恋しくばたづねきてみよ和泉なるしのだの森のうらみくずの葉」の歌で知られ,信太のキツネと巡礼に出た信濃国の武士の結婚とその破局ののち,末子は信太姓を名乗り,母の故地信太を尋ねて大鳥郡土生村に信濃堂を営んでその供養を行ったという伝承がある。このキツネは安倍晴明の母の子孫とも伝え,この付近に本居のあった陰陽師集団の活動とかかわって,中世の頃に発生したものかと考えられる。
【中村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【中(近代)】 ①明治22年~昭和35年の信太村の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7604957 |





