脳
【なずき】

nazuki
【古代】脳(ノウ)の日本語。方言のナズキは、額、頭の両方で用いる。[中国語]脳。brain.
【語源解説】
いうまでもなく、脳(ノウ)は中国語、日本語では〈なづき〉。『和名類聚抄』に、〈脳、{つきししし}ニ作ル、和名、奈(ナ)豆(ヅ)岐(キ)、頭中髄脳也〉とみえる。〈髄mini{ナヅキ}〉(類聚名義抄)ともあり、頭蓋骨の中の髄などをよんだことが判明する。寛永8年(1631)刊『新刊多識編』に、〈脳mini{那(ナ)豆(ヅ)岐(キ)}〉とみえ、天明6年(1786)刊『雑字類編』にも、〈脳(ナヅキ)、脳(アタマノ)蓋(サラ)〉とある。ナヅキは江戸期でも公的に広く用いられた。脳というより、脳味噌、そのどろどろとした状態を表現していると思われる。物の〈水(み)漬(づ)い〉たと同じような状態をさすか。
【用例文】
○願ハ十方三世ノ諸仏如来、我ガ首ノ脳(ナヅキ)返(カヘシ)テ水ト成シテ商(アキ)人(ビト)等ガ命ヲ助ケ給ヘ(今昔)○独(どっ)鈷(こ)をもッてなづきをつきくだき、乳(にう)和(わ)して護(ご)摩(ま)にたき(平家)○弁慶が脳(なづき)の砕くるか、思へば弁慶が面(つら)に物を書きたる奴(やつ)が憎い奴かな(義経記)○脳(ナヅキ)(運歩色葉集)○Nazzuqi. ナヅキ 頭(日葡辞書)○脳(なづき) あたま。脳がやめるmini{づつうのする也}〔仙台訛としてあげる〕(洒落本)○ナヅキ 脳 head, brain. 同義語 アタマ、ノウ(ヘボン)
【補説】
〈脳(ナヅキ)〉は明治期にはいっても一方言ではなく、前代からの伝統としてとらえられている。しかし、〈脳(ノウ)〉の記号としての便利さ、複合語、派生語創作の自由さ、効率さはやがて、〈脳(ナヅキ)〉は方言として残存するのみとなる。青森八戸地方で具体的にナズキを聞く。ただし〈額(おでこ)〉のこと。ここには同じく古典にみえる〈陰莖(ヘノコ)―{2}陰核{へのこ} 俗云フくさへん(ヘ)乃(ノ)古(コ)(和名抄)/横(よこ)座(ざ)〔上(かみ)座(ざ)、主人格の人の坐る場所〕―{2}横座の鬼よりはじめて、あつまりゐたる鬼どもあざみ興ず(宇治拾遺物語)/踵(アグド)〔かかと〕―{2}Aguto. アグト 馬の前足首のくびれた所(日葡辞書)〉などが、現代語として用いられている。方言に古語、純なる日本語が残る一例。そうした方言の総和が日本語。

![]() | 東京書籍 「語源海」 JLogosID : 8537897 |