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アルファベットのもとはフェニキアの文字


アルファベットのもとはフェニキアの文字

◎クレタ文明とミノタウロスの迷宮

 前13世紀になると、メソポタミアの古バビロニア王国を滅ぼしたヒッタイト王国が衰退する。すると鉄器がオリエント世界に広がるようになり、東地中海の海域では「海の民」の略奪・破壊がくりかえされて交易は衰退した。そうしたなか、エーゲ海で、メソポタミア・エジプト両文明の影響を受けて前20世紀ごろから栄えていたクレタ文明、トロヤ文明は急速に衰えていく。

 クレタ文明の中心となったクレタ島では、前1600年ごろに、オリーブを栽培し大型の船舶を建造したクレタ人が交易国家を成長させ、クノッソスには壮大な王宮が建設された。発掘した考古学者エヴァンズの推定によれば、クノッソスは約8万人が住む大都市で、丘の頂上を削って中庭にし、周辺に3~5階建ての1500室からなる建物が建てられていたという。その多くは、倉庫、工房として利用された。

 クレタ文明は、東地中海世界の大変動のなかで「海の民」の略奪にあい、前1200年ごろに滅亡した。最近は滅亡の理由として、地震や過度の耕作による森林破壊などの理由も考えられている。

◎地中海に航路を開いたフェニキア人

 クレタ人に代わって地中海の商業覇権を握ったのは、フェニキア人だった。彼らは、海岸の石英の白砂を原料とするガラス、ミュレックスというホラ貝に似た小さな貝からつくられる真紅の染料を使った染色などの工業を発達させ、交易に乗り出した。

 この染料で染められた緋色の毛織物は、高い地位にある者に好まれ、高値で取引された。フェニキア人は、山からレバノン杉という良材を切り出して船を造り、オリエントと地中海諸地域を結ぶ貿易に乗り出した。彼らは前6世紀にギリシア人が本格的に進出するまで東地中海の海上貿易を支配し、地中海沿岸各地に植民市をつくった。

◎アルファベットの登場

 フェニキア人は、メソポタミア・エジプトの先進文明を地中海各地に伝えたが、エジプトの象形文字から工夫してつくり出したアルファベット(シナイ文字)を用いて、22の子音からなる便利な文字をつくった。その後に地中海の交易を支配したギリシア人も文字、商業技術、文化をフェニキア人から学んだ。美の女神アフロディテ(ヴィーナス)も、もともとはフェニキア人の神であったという。

 アルファベットに母音が加えられてギリシア文字となり、ローマに伝わって西ヨーロッパ諸文字のもととなった。ギリシア文字も後に東ヨーロッパに伝えられてスラブ諸文字のもとになっている。




日本実業出版社
「早わかり世界史」
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