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日清戦争をきっかけに清に群がる列強


日清戦争をきっかけに清に群がる列強

◎日清戦争で儲けた日本

 朝鮮で窮乏した農民が東学党の指導下に、ヨーロッパと日本勢力の排除などをスローガンにして大規模な蜂起を起こすと、李朝には鎮圧する力がなく、やむなく清朝に援助を願い出た。

 清は従属国を保護するために出兵したが、日本も清の無通告出兵を日清両国の間で締結していた条約に違反しているとして同時に出兵し、「日清戦争」(1894~95)を始めた。

 この戦争では、国民を戦争に結集させた日本が、朝鮮を勢力圏とする李鴻章の北洋軍を中心とする清軍に勝利して下関条約が結ばれた。

 条約で日本は、朝鮮に対する清朝の不干渉を認めさせ、遼東半島、彭湖諸島、台湾を割譲させ、巨額(2億両=日本円で3億6525万円。ちなみに明治26年の国家歳出は約1億5000万円)の賠償金を手にした。

 この金額は清朝の歳入の3倍であった。清朝は6年後の義和団事件でも歳入の6倍を賠償金として支払っており、外国からの借款を得なければ財政を支えることのできない悲惨な状況となった。

 日清戦争で、日本は東アジアにおける中華秩序を決定的に打ち破って独自の勢力圏を形成し、同時に本格的な産業革命を進めるための資金を得たのである。

◎遅れてはソン! 中国の分割

 清が広大な領土を日本に与えると、朝鮮半島、清帝国への進出をめざしていたロシアはドイツ、フランスを誘って「三国干渉」(1895)を行ない、清が4500万円を支払うことを条件にして日本に遼東半島を返還させた。

 その後、ロシアは遼東半島南部の旅順、大連を25年間、ドイツは山東半島の膠州湾を99年間、イギリスは山東半島北東の威海衛を25年間租借した。

 「眠れる獅子」といわれた清朝の弱体が白日のもとにさらされると、ヨーロッパ列強は中国を利権の争奪の対象とみなした。

 列強は、まず、租借地を獲得して勢力範囲を設定し、鉄道の建設、鉱山の開発、工場の設置などでさまざまな利権を手に入れた。

 中国への進出が遅れたアメリカ合衆国も、1899年に国務長官のジョン・ヘイが通商の機会均等などを要求する門戸開放宣言を出して割り込みをはかった。




日本実業出版社
「早わかり世界史」
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