附馬牛
【つきもうし】

旧国名:陸奥
「つくもうし」ともいい,付馬牛とも記した。早池峰(はやちね)山南部,猿ケ石川上流域に位置する。同川と東禅寺川・荒川との合流点に集落の中心がある。地名の由来については,上附馬牛小倉の稲荷神社の境内に槻の巨木があってその樹下に100頭もの牛馬を放つことができたことから槻馬牛といい,それが転じて附馬牛となったという伝説がある(附馬牛村誌)。字大出には来内の猟師始閣藤蔵の草創と伝える早池峰神社と慈覚大師開祖といわれる護持院早池峰山妙泉寺があった。妙泉寺は,はじめ天台宗,のち真言宗。江戸期には寺領200石を有する当地方随一の大寺であった。明治期,神仏分離令により妙泉寺は廃寺となる(同前)。遠野三山(早池峰山・六角牛(ろつこうし)山・石上山)縁起の舞台となる神遣権現堂(現神遣神社)は上附馬牛小出にある(遠野物語2話)。
【附馬牛(中世)】 戦国武士附馬牛氏の本拠地。
【附馬牛村(近世)】 江戸期の村名。
【附馬牛村(近代)】 明治22年~昭和29年の自治体名。
【附馬牛町(近代)】 昭和29年~現在の遠野市の町名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7015342 |




