明神
【みょうじん】

旧国名:越後
魚野川支流田河川上流域。地名の由来は,南方3町に星を拝む所として往古より鳥居を建て拝殿を設け,先祖代々これを「星明神」と称したことによるという。居平に熊野神社,山之根に十二神社がある。上稲倉に竹子山宝蔵寺がある。本尊は千手観音,鐘一口あり,延享元年7月14日28世到誉観及求之と彫付がある。北東に常泉寺がある。明神経塚からは,天文24年4月奉納の一乗妙文六十六部聖,上州住歓喜坊の銘文がある経筒が出土した。宇賀地郷の堀之内の宿駅から田川入へ道をとると三坂越に中世以来の古道があり,宇賀地郷から妻有(つまり)荘十日町方面に通じる要道があった。また田川入りから赤石郷の辻又・後山・一村尾・五日町・浦佐方面に通じる要道があり,その古い道形・開削の跡がかなりよく残っている。
【明神村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【明神(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7078555 |




