浅里
【あさり】
旧国名:紀伊
熊野川下流の氾濫原上に位置する。地内の飛鉢峯の頂上に寺院跡がある。「楊枝村薬師堂縁起」によれば,保元~平治の頃に恵念上人がここに道場を建て,山上から鉄鉢をつり下げて乞食をしたという。また地内に天正期の古城跡(浅里城跡)があるが,城主は不詳。天正8年に堀内氏善の攻撃を受けて落城したと伝えられる(紀伊続風土記)。
【浅里郷(近世)】 江戸期の郷名。
【浅里組(近世)】 江戸期の紀州藩の組名。
【浅里村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【浅里(近代)】 明治22年~現在の大字名。
 | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7124911 |