新在家
【しんざいけ】

旧国名:播磨
播磨平野北西部,八丈岩山の東・南麓。八丈岩山は「風土記」にいう因達神山(いだてかみやま)に比定されている(播磨国風土記新考)。嘉吉年間頃守護赤松氏の落武者11家が,この地に住んでから新在家といったという(飾磨郡誌)。しかし天正年間頃の古地図には矢落村とあり,また天正4年芦屋道海の記した「播磨府中めぐり」に「矢落村,家五六十軒」とある(播陽万宝智恵袋)。現在姫路市西今宿の播磨五宮である高岡神社は,もと八丈岩山の南麓鳶ケ巣(とびがす)にあったが,天長3年現在地に移った(飾磨郡誌)。
【新在家村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【新在家(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7159660 |




