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深津村(近世)


 江戸期~明治22年の村名。都賀郡のうち。はじめ宇都宮藩領,延宝年間頃幕府領,享保10年からは足利藩領。なお,「寛文朱印留」では宇都宮藩領,「元禄郷帳」では甲斐谷村藩領,「改革組合村」「旧高旧領」では足利藩領と見える。村高は,「慶安郷帳」442石余(田292石余・畑150石余),「元禄郷帳」721石余,「天保郷帳」「旧高旧領」ともに723石余。「改革組合村」では深沢と見え鹿沼宿組合寄場に属す。天保9年の家数54・人数276,農間渡世は居酒屋1・質屋1(鹿沼市史)。明治3年の家数52,うち潰9(同前)。地内の北東から南東にかけて貫流する武子川が灌漑用水となり,当地ではもっとも恵まれた水田地帯であった。宝永7年日光街道壬生【みぶ】通鹿沼宿の助郷村となり,勤高は721石(同前)。寺社は,天台宗延命寺,鎮守八坂神社。延命寺住職稲富蓮海和尚は寺子屋を開き,明治初年可及舎と命名された(同前)。八坂神社の祭神は素盞嗚尊で,祭日は8月1日。明治4年栃木県に所属。同6年津田学校が創立され,同10年の学区は当村と白桑田村で,学区内学齢人員146(男75・女71),同就学人員104(男48・女56)であった(鹿沼市史)。明治11年上都賀郡に属し,同22年北犬飼村の大字となる。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7280562