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常木村(近世)


江戸期~明治12年の村名碓氷【うすい】郡のうち碓氷川中流右岸の低い河岸段丘上に位置する筑紫国常木から天満宮とその別当である常楽山安楽寺を当地に移したことから常木と名づけたという(安中志)安中【あんなか】藩領村高は,「寛文郷帳」で725石余うち田方634石余・畑方90石余,「元禄郷帳」「天保郷帳」とも756石余,「旧高旧領」725石余このうち高50石を常木村農民が耕作し,ほかは隣接する安中宿・谷津村・上野尻村・下野尻村の農民が出作していたそのため助郷は勤めなかった寛延2年の家数14(中沢家文書)また幕末の改革組合村高帳では,安中宿寄場組合に属し,高725石余,家数13なお年貢は,田が米納,畑が金納で,小物成には現物納の渋柿・莚・縄・藁・糠,代米納の大豆・荏・小豆・荒麦,代金納の綿・麻・藪運上・蕨代があった江戸前期に開削された真那板蔵堰や柳瀬川を通して碓氷川から取水し,集落の南面に田圃が広がっていた地内には天満宮や安芸国宮島から移したという芸宮大権現,地蔵堂があるもと天台宗安楽寺もあったが,同寺は正徳2年の焼失後に谷津村へ移転した(安中志)明治4年安中県,群馬県を経て,同6年熊谷県,同9年群馬県に所属明治12年安中宿(駅)の一部となるなお当地は現在も農村地帯であるが,昭和58年産業道路の開通に伴い宅地化の波に洗われている

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KADOKAWA
「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7283619