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長北郡(中世)


平安末期から見える郡名上総国のうち庁北とも記す「和名抄」長柄郡が平安末期に南・北に解体して成立した中世的郡安楽寿院領二宮荘(橘木荘)は,上総国二宮橘木神社領を基盤に平安末期に成立した荘園であるが,すでに康治2年8月の太政官牒には同荘の所在地として「長北郡内」と見えるまた「千学集抄」に12世紀末の上総氏一族の中に長北二郎常家が見え,「吾妻鏡」治承4年9月19日条に上総介広常が源頼朝に参向した際に引き具した武士の地域的構成を記した中に庁北氏がみえる12世紀初期,上総氏一族が在地領主としてこの地の開発にあたり郡司職を得たものと考えられる南北朝期に至っても国衙領として存続し,応安8年の市原八幡宮の造営に際しては長南郡や佐是郡などとともに,中門1宇3間造営の課役が賦課されている(三宝院文書/県史料県外)また応永16年2月9日の橘神社鰐口に「長北郡本藻原郷」,永禄6年6月28日の藻原寺所蔵造像札に「長北郡藻原之郷」とあることから,初期荘園である藻原荘が停廃の後,中世になってからその荘域は当郡域に属したことが知られる(県史料金石1)

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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7294941