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馬津駅(古代)


平安期に見える駅名尾張国海部【あま】郡のうち「延喜式」兵部省諸国駅伝馬条に「尾張国駅馬〈馬津,新溝,両村各十疋〉」とある東海道に置かれた駅で,伊勢国桑名郡榎撫駅と尾張国新溝駅をつなぐ榎撫駅から尾張国に水路で達することができ,馬を常備する必要のなくなったことから,弘仁3年に伝馬が廃止されており(日本後紀弘仁3年5月8日条),当駅もこの頃に衰退したらしいこの水路が馬津渡で,永延2年の尾張国郡司百姓等解文に「馬津渡,是海道第一之難所」と見え(宝生院文書/平遺339),尾張国正税で船の弁備をすることとなったが,国司藤原元命はこの正税稲を着服して百姓らに訴えられているまた,長保3年に尾張国司となった大江匡衡の妻赤染衛門の「赤染衛門集」には「むまつといふところにとまる」と記され(群書15),馬津の渡し辺りのことか木曽三川の下流地域に位置し,現在の津島市街北西の小松川・西馬・東馬付近に比定されるなお,「尊卑分脈」には宇多源氏佐々木流鏡久綱に掛けて「承久三六六参京方,於尾張国大豆津渡自害了」としているが,この大豆津の渡しも当所と関連するものか

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「角川日本地名大辞典(旧地名編)」
JLogosID : 7355000