石井谷(中世)


南北朝期からみえる地名石見国那賀【なか】郡永安【ながやす】別符のうち現在の那賀郡弥栄【やさか】村長安本郷【ながやすほんごう】近辺と推定される貞和5年8月15日の「尼良海吉川経茂後家譲状案」(吉川家文書/大日古9)に「ゆつりわたすなかやす(永安)のへんふ(別符)のうちいしいたにの事」とみえるのが初見嘉暦3年の「吉川しんてん譲状」(同前)にも「いわミのくになかやすのへんふのうち,いしいたに」「いしいたにかわ」とある戦国期と推定される年未詳2月5日付「内田泰家書状」(同前)に「石井谷」とみえる

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典(旧地名編)」 JLogosID : 7410645 |



