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![]() | 五拾町[九州地方] |
五十町とも書く。矢部川下流右岸に位置する。地名の由来は,かつて地積が50町あったことによるか。東に二百町(瀬高町上庄)があり,この地は瀬高荘領家徳大寺藤原実定夫人の化粧田と伝えられている。したがってこの西に続く当地は瀬高荘荘司宇都宮小太郎藤原中次弟重国(祇園宮創始者)の領地と考えられる。地内の各所から土師器が出土。八ノ坪・長八反・東長八反などの地名は条里制の遺称か。上浜・中浜畑・下浜・脇浜などの地名は,矢部川の旧河道の存在を示すものである。
【五十町村(中世)】 南北朝期〜戦国期に見える村名。
【五拾町村(近世)】 江戸期〜明治22年の村名。
【五拾町(近代)】 明治22年〜現在の大字名。
