いぶせ・し
【いぶせ・し】

[形][ク](く)・から/く・かり/し/き・かる/けれ/かれ
▲「いぶかし」「いぶかる」の「いぶ」と同じで、はっきりしないようすの意がもとになっている。また「狭(せ)し」は心がふさぐようすを表す。
[1]心が晴れない。うっとうしい。憂鬱(ゆううつ)だ。
[例]「◎ひさかたの雨の降る日をただひとり山辺(やまへ)に居(を)ればいぶせかりけり」〈万葉・四・七六九〉
[訳]「◎雨の降る日に(あなたに逢(あ)えずに)ただひとりで山辺にいるので心が晴れないなあ」
<参考>用例中の「ひさかたの」は「雨」にかかる枕詞。
[2]気がかりだ。気になる。
[例]「今ひとたびかのなきがらを見ざらむが、いといぶせかるべきを」〈源氏・夕顔〉
[訳]「もう一度あの(夕顔の)亡きがらを見ないのは、本当に気になるにちがいないだろうから」
[例]「いかなることといぶせく思ひわたりし年ごろよりも」〈源氏・椎本〉
[訳]「どのような事情かと(薫(かおる)は自分の出生について)気がかりに思い続けた長年の間よりも」
[3]不快だ。むさくるしい。汚い。
[例]「旅の宿りはつれづれにて、庭の草もいぶせき心地するに」〈源氏・東屋〉
[訳]「仮の住まいは何もすることがなくて、庭の草も(手入れされていなくて)むさくるしい感じがして」
<参考>「いぶかし」ははっきりしないものへの疑いの気持ちを表す。「いぶせし」ははっきりしないことによる晴らしようのない気持ちを表す。「おぼつかなし」は対象が見えない、はっきりしないことによる気がかりや疑問の気持ちを派生的に表す。

![]() | 東京書籍 「全訳古語辞典」 JLogosID : 5096324 |