音羽町
【おとわちょう】

(近代)昭和39年~現在の苫小牧市の町名。昭和48年からは1~2丁目がある。もとは苫小牧市緑町・字中野の各一部。かつて,オテーネ(アイヌ語で川じりの濡れているところの意)と呼ばれ,昭和30年頃から旧緑町一帯を鉄北地区といった。東京都文京区の音羽町にちなんで命名(地名とまこまい)。第2次大戦前は国鉄線路際に若干の人家があったが,ほとんどが原野と畑地であった。昭和29年向い側現双葉町の地に北海道苫小牧療養所(現道立苫小牧病院)が建った。その後,鉄北商業地域を形成。昭和40年代,裏通りを中心に新興の飲食店街が形成された。商店・飲食店数は,同43年120,同45年169と鉄北地区では第1位。飲食店だけでは同47年117,同49年162と,錦町に次いで市内第2位(統計とまこまい・苫小牧市史)。裏通りを,錦町から大町の親不孝通りに対し第2親不孝通りと呼んでいる。昭和46年市公設小売市場開店。同48年一部が日の出町1~2丁目となる。世帯数・人口は,昭和40年876・3,291,同49年1,029・2,921,同55年951・2,470。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7001596 |




