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ソウツケ
【そうつけ】


(近世)江戸期から見える地名。ソーツケ・シヨツケ・ソウヅケ・ソウスケなどともいう。後志(しりべし)地方中央部,羊蹄山北西麓,尻別川と倶登山(くとさん)川合流点流域に位置したと思われる。地名はアイヌ語のソッキに由来し,「床,鮭床」の意という(北海道蝦夷語地名解)。郷帳類には見えない。江戸後期は西蝦夷地イワナイ場所アイヌの漁場であったと考えられる。松浦武四郎「廻浦日記」には,「シヨツケ,此処まで凡五日も懸るとかや。イソヤには此辺の事を知りたる土人なし。此辺の事は却てアフタ夷人が又岩内夷人ならでしらざるなり……又岩内土人共は二日位にて此シヨツケへ堅雪の節熊打に出ること有たりしと。然し是も今はなきよし也」とあり,イソヤ場所アイヌが入り込むことはなかったことがうかがえる。同「丁巳日誌」によれば,「ソウツケより此処(チツフ子ウシフリ)までは小き丸木船にて乗来るによろしと。よって秋味を運ぶには丸木にて此処まで持来り,是より背負越る様に毎年致し候也」「ソーツケ……凡五丁計も屈曲して行や一軒の茅屋有。其傍に庫一ケ所有けるが,其辺り寒塩引やチナヽを多く取乱し有るによって,何故如此なせしや尋るに,何時にても此処之留守番一人ヅヽ置候に,其者当春死去致したる後は,未だ誰をも留主等に遣し置もの無が故に,如此狐に致されしなり」「此処むかしは人家三軒有し由なるが,皆岩内の浜へ下られ,其家皆断絶致せしが故に,只今乙名一軒のもちと成居たるよし」「ソウツケ,左りの方相応の川也。此処岩内場所セベンケの持場所にて,当春岩内笹小屋より来りし処也」と記される。この頃当地はイワナイ場所アイヌの漁場で,採れた魚は倶知安峠(稲穂峠)越しにイワナイに運ばれていたことがわかる。明治2年胆振(いぶり)国虻田(あぶた)郡に属す。明治初年虻田村の一部になったと思われる。のち,同26年虻田村より分村した倶知安村に属す。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7004590