中央
【ちゅうおう】

(近代)昭和11年~現在の行政字名。はじめ女満別(めまんべつ)村,昭和26年からは女満別町の行政字。もとは女満別村大字網走村の一部。かつて一帯をペウンプウンナイと称し,和人入植から字名改正まで中女満別と称した。明治30年メマンベツ原野の測量が行われ,翌年植民地として開放され入植が開始された。同35年網走~美幌(びほろ)間の道路が開削され,大正元年国鉄網走線(現石北本線)開通,西女満別駅が開設。大正初期にはバレイショ・ハッカ・亜麻・豆類,中期からビート・麦類も作付けされるようになった。明治末期から農耕馬の飼育も行われ,大正11年村営競馬開催,昭和3年網走支庁管内唯一の公認競馬場設置,のち廃止され,同10年跡地に農業気象観測基地設置。同17年海軍美幌航空隊第二飛行場の滑走路設置工事着工。戦後,滑走路の一部は爆破により使用不能となったが,同31年から第3種空港として認可され,運航が開始された。同40年代からYS11機が発着,同60年新女満別空港と空港ビル完成。滑走路などを除く空港地336町に戦後259人が入植したが,離農する者が少なくなかった。昭和38年度に農業構造改善事業地区に指定,同40年トラクター利用組合結成。同42年麦類乾燥施設・コンバイン・農機具格納庫・農舎・堆肥盤の設置が認められ,耕地整理が行われる。世帯数・人口は,昭和25年57・360,同35年73・413,同45年39・187。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7005094 |