八戸城
【はちのへじょう】

近世の平城。八戸市内丸に所在。八戸市街中心部に位置する。現在三八城神社・八戸市庁舎・市公会堂などが立ち並ぶ地域。建武元年南部師行が根城を築城したが,その孫(根城城主2代政長の三男)信助が根城の支城としてこの地に築いた中館が始まりである。当時の城館の規模・構造などは全く不明。寛永4年盛岡南部27代利直の要請により根城南部氏は遠野(岩手県)に知行替えとなったが,この時根城南部氏に伴ってやはり遠野に移転した。その後八戸地方は盛岡南部氏の直接支配となり,代官が置かれた。寛文4年盛岡南部28代重直が後継者を決めないまま没したため,幕府は弟重信(七戸隼人)に8万石を与えて29代とし,八戸地方2万石は直房(中里数馬)に与えることとなり,ここに八戸藩が誕生した。直房は中館跡を整備して八戸城とした。八戸城の遺構はほとんど残されていないが,本丸・二の丸・外郭で構成されていた。本丸は三八城神社の付近である。大手は綱御門と呼ばれ,その前には旧南部子爵邸表門が残っている(昭和53年倒壊,その後復元)。二の丸は本丸の東側~南側に続いており,北側搦手門寄りに城の守護神法霊社(龗神社)がある。四周に土居・水堀があったが,現在は堀端町などの地名として残っているにすぎない。外郭は本丸・二の丸の南側一帯であり,見付・番所・桝形柵などが所々に配置さていた。明治維新となり,同4年廃藩置県により廃城となった。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7012392 |




