一戸
【いちのへ】

旧国名:陸奥
馬淵(まべち)川中流および同川支流小井田川下流域などに位置する。地層は主として新生代第三紀層中新世で構成されている。地名は,古くから馬の産地として知られていたこの糠部(ぬかのぶ)地方を牧場制度として,東西南北の四門九戸に分け,南門を一の戸・二の戸と呼んだ時の一の戸にあたるとされている。承久元年南部光行の長子行朝が野田城を築いて居城としたことから一戸南部が発祥したものといわれている。地内には縄文式土器・土師器・須恵器の包含遺跡が多く分布している。縄文晩期遺跡では,有名な蒔前遺跡がある。字樋ノ口の樋口館は樋口与五右衛門の居所と伝う。100m×30mで川に面した小館。与五右衛門は天正19年九戸政実に味方して姉帯城に立籠った(奥南旧指録)。
【一戸村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【一戸町(近代)】 明治22年~現在の二戸郡の自治体名。
【一戸(近代)】 ①明治22年~現在の一戸町の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7013617 |




