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松山
【まつやま】


旧国名:陸奥

長沢川と閉伊(へい)川との合流点付近に位置する。地名の由来は,字義通り松の多い土地であることによるか。8世紀頃の蕨手刀(柄頭がサワラビの巻いた形に似る)が出土している。南北朝・室町期には当地の領主白根氏が見える。白根氏の本貫は出雲国松江。初代光脩は南北朝期の観応2年松山・髪長・関の3郷を与えられ,当地に入部。室町中期の応仁元年,6代光致の時に至って滅亡したという(大久保昔書遺翰)。白根大久保氏の系譜は「県史」3-297頁。松山館は集落西の丘陵上にある。閉伊川を隔てて千徳城,長沢川を隔てて田鎖城と,それぞれ相対する要害の地。白根館とも称す。物見砦・主郭・二の郭・三の郭・空濠などが残る。210m×180m。標高75m(城郭大系2)。
松山村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
松山(近代)】 明治22年~現在の大字名。




KADOKAWA
「角川日本地名大辞典」
JLogosID : 7016138