湯沢
【ゆざわ】

旧国名:陸奥
東西に延び南北に狭い地で,中央から以西は,南昌山・箱ケ森の山地である。この2つの山の東側は第三紀層をきる断層によって形成された南昌山断層が南北につくられている。箱ケ森は傾動地塊でその南側を東西に走る断層があり,これが西の雫石(しずくいし)町繋(つなぎ)まで達している。この断層線に沿って当地がある。地名の由来は,温泉が湧出した意から起こったという(都南村誌)。地内の湯沢森には縄文中期から後期の竪穴住居180棟からなる県内最大規模の湯沢遺跡があった。地内いたこ堂山裏に湯壺と称する地名が残り,昔,この地に温泉があったという伝えがある。昭和31年調査されたが,地質は鶯宿温泉付近の状態に類似しているという。前林雀神社は明治44年秋葉神社に合祀されたが,第2次大戦後現在地に祀られた。祭神は少彦名命・宇迦御魂命。この地に温泉が栄えていた頃,一人の巫女が息子に盗みの疑いをかけられたことを恨み,この湯を山を越えて繋まで運び続け,自分は無数の盲の雀と化して作物を荒らした。困りはてた村人達は,神社を建てて雀を祀った。それからは湯の湧出は途絶えたものの豊作が続いた。これが雀神社の始まりだと伝えられている。神社を建て雀の魂を慰めることを勧めた六部木村某もまた,この社に木村大明神として祀られている(村の史跡めぐり)。
【湯沢村(中世)】 戦国期に見える村名。
【湯沢村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【湯沢(近代)】 明治22年~現在の大字名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7016395 |




