北村
【きたむら】

旧国名:陸奥
鳴瀬川の東,旭山(あさひやま)を主峰とする桃生(ものう)丘陵上に位置する。地名の由来は深谷の荘の真北に当たるためという(安永風土記)。総面積646haの63%が山林。変化に富む地形で,七田・七崎・八沢の名がある。縄文期の遺跡が多く,前期の桑柄(くわがら)貝塚,後~晩期の宝ケ峰遺跡が著名。宝ケ峰遺跡は東北南部縄文文化の標式遺跡の1つ(宮城県史)。古代は牡鹿(おしか)郡の地(地名辞書)。旭山にある朝日計仙麻(あさひけせま)神社を式内社牡鹿郡十座の1つ計仙麻神社に当てる説もある(矢本町史)。同社は深谷一の宮宝竜権現ともいわれ,旧地の箱清水(はこしみず)には箱泉寺(そうせんじ)がある。各地に奈良~平安期の土器が散在する。中世は深谷保の地。保主長江氏の始祖鎌倉権五郎景政の木像を箱泉寺に祀る(安永風土記・河南町誌)。山崎館・草田館・喜多村館(高地谷館)・木村館・新庄館(駒立館)・駒場館などの中世館がある(仙台領内古城・館,宮城県遺跡地名表)。猿田(さるだ)に弘安6年銘板碑がある(河南町誌)。戦国期は長江月鑑斎勝景(伊達治家記録では晴清)の滅亡後,一時伊達家臣湯村右近宗重の総成敗地となり,のち桃生郡に属した(宮城県史)。
【北村(近世)】 江戸期~明治22年の村名。
【北村(近代)】 明治22~29年の深谷村の大字名。
【北村(近代)】 明治29年~昭和30年の桃生郡の自治体名。
【北村(近代)】 昭和30年~現在の河南町の行政地名。

![]() | KADOKAWA 「角川日本地名大辞典」 JLogosID : 7017468 |




